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【 倫理関連から 】 [2017.09.29]
右の絵は「いじめ」から見る現代の弱者の人権問題です。
「社会的ストレス」が人類史の中で何処まで考えられてきたかの考察です。
いじめられっ子に贈る「知の力」
「いじめられ」て泣き寝入り。
「くやしい」けれど泣き寝入り。
「情けない思い」と泣き寝入り。
そんな君のため調べてみました。
※実はそんな思いをした自分のためたけど
①弱者ってどんな人。
②弱者から強者には人はなれないのか。
③社会は弱者をどう見ているのか。
④弱者の住み易い社会はあるのか。
⑤未来の弱者
調べは難しい話もあるから結論から言うと、少しも悲観する必要はありません。
逆に、逆境にある君、大きく成長できる環境にあると言えるのです。
君の成長は、他の人達へ希望を与えるのです。
現実的な問題としていじめに現在有っているなら、その場から離れなさい。
逃げてもかまいません。
はっきりと「いやがらせはやめろ!」と言ってです。
弱いものしか相手に出来ない卑怯なやつらと決別することです。
いっしょに頑張りましょう。
①弱者ってどんな人
ウエブからの引用です。
「弱者とは倒れている状態の人です、一人で起き上がれない人です。」とあります。
当たり前の様で深い話なのです。
元々立てれば歩いていける人です。
※ここでの「歩く」は「自分の意思で社会で暮らしていく」ことです。
障害者を言っているのではありません。
私から、直接、手を差し伸べることはできません。
間接的に「立ち上がる方法」を伝えられれば良いかと思っています。
ここでは「社会に弱者として認知されれば、強者に変わる」とあります。
的を得た話なのです。
仲間も、相談する人も、知ってくれる人もいないので、今の君は少数者(マイノリティー)でもあります。
弱者やマイノリティーが「力」を得た歴史も知らないといけません。
まずは色々な「弱者」が居るのです。
君、一人で悩む必要はありません。
※解決すべき社会問題は現代に於いても多々あります。
・社会的弱者
・経済的弱者
・交通弱者
・災害弱者
・性的弱者
・買い物弱者
・病弱者
・低学歴者
「いじめられっ子」は見当たりません。
社会的弱者
<社会的弱者>
・所得格差による差別
・ジェンダー(性差)による差別
・身体的能力、学歴、社会的スキルなどによる差別(アクセシビリティ)
・学歴による差別
・法律的・文化的な差別
・社会的に数の少ない集団、あるいは、発言力の弱い集団(マイノリティ)
・情報弱者
ここにも「いじめられっ子」はありません。
「いじめ」は被害者が対象と言うよりは、行為の分析なのです。
※「いじめられる」より⇒「いじめる」を問題としています。
「いじめる者」を生む社会のしくみを問題にしているのです。
※「いじめられっ子」の痛みも社会は分かっています、「いじめられっ子」をフォローする社会のしくみも見て行きます。
「いじめられっ子」を「弱者」としたのには抵抗できない人達が「強い力」を得る方法を学習することにあります。
先の指摘を見るのであれば、「弱者」が「強い力」を得たのではないのです。
『「弱者」が「強い力」を生む社会に守られた。』と言う事です。
ですが、現代に於いては、弱者がその仕組みを知り、社会を動かすことが基本であることも理解しておきましょう。
「いじめ」にいつては詳細な分析がありますが、ここでは、別の観点から見て行きます。
市民が権利を得るために戦った「フランス革命」(市民権獲得)
イギリスの「権利の章典」は国王に忠誠を誓う議会および国民のみが享受できる権利と自由でした。
植民地から脱する為に戦った「アメリカ独立戦争」(権利章典:憲法中の人権保障規定)
アジアの植民地からの独立は「民族自決運動」がありました。
1960年代の「ウーマンィブ」は「女性の社会的自立」(女性の権利獲得)でした。
国連での「子供の権利」の確認。
国家の権利から王族の権利、市民の権利、マイノリティの権利、弱者の権利と「権利」は「基本的人権」として育まれたのです。
「人間の安全保障」も基本的人権を守るために育まれています。
現在「いじめ」が問題になっているのは、歴史的に見て、やっとここまで細かく人間を見るに至ったと言うことなのです。
解決できていないから問題になっているのです。
社会問題(時事問題)は利害関係者が多彩なので単純な解決はありません。
いま、いじめられ、泣き寝入りのくやしさが、解決方法(社会変革)を考えてくれる。
そんな甘い期待にも本質的解決を期待しているのです。
繰り返しますが、君が「いじめられた」のは、歴史的な問題解決の当事者にも成る訳です。
※君が歴史に名を刻む人かも知れません。
社会を見方にすること、社会の仕組みを知ることが重要です。
※なげいても何も起こりません。
②から④までのテーマは上記から考えて見ましょう。
⑤未来の弱者
未来の「弱者」とは未来の社会の「ストレス」を我慢する人達です。
・未来の社会の「ストレス」
「世界倫理」は「寛容」と共にあります。
ですが「寛容」が利用されて「社会のストレス」を生ましてはなりません。
「特別な権力が創る利権」「仕組まれた利権」
「タブーとされる利権」は現代から未来へ流れています。
社会的に解決していかなければ、この問題は解決していきません。
「タブー」と言われるゆえんは安易な解決(不利益の発生)が解決を阻むからです。
※関係者の突然死、不審死で迷宮入りなのです。
それが「タブー」なのです。
しかし、人類は数々のタブーを解決してきているのです。
そこにも「寛容」な精神があります。
戦争や地域紛争の解決にも「寛容」は解かれています。
「憎しみからは何も生まれない。」・・
親しい人が殺された人達には「寛容に」は耐えがたく辛いことですが。
「時」、時間が「寛容」の大切さを語ってくれます。
「タブー」を仕掛けた側も仕掛けられた人達にも時間は有限なのです。
気づけば、未来の子供達の幸福を考える時期が訪れるのです。
「未来の子供達の幸福」は一方的な幸福はありえないのです。
かつては、情報は隠すことができました。
事実を曲げることもできました。
いまでは、嘘は、じきにばれ、うその代償として社会的信用を失うのです。
時代が大きく変わったことは「タブー」を仕掛けた側に「脅威」なのです。
後は
「タブー」を仕掛けられた側が時代の流れを正しく認識し、「交渉」する知恵を持つことなのです。
双方の「寛容」が生かされ、社会は変わっていけるのです。
WINWINが成立するのです。
--------以上です。--------------